アートアイランズ2020への個人的プロセス

 5月以降都内の自宅で過ごす時間より島で過ごす時間が長くなった。てる子さんの記憶がどんどん短時間しか定着しなくなり、よく事例になる「どんな食事をしたのか」ではなく「食事をした」ことすら定着しなくなった。だからと言って、習慣となっている昔からのことができないわけではない。家族が島にいることができないときには、毎日短時間でもヘルパーが入り、こまごましたことや入浴の手伝いをしてくれる。

 問題は記憶の定着である。記憶が定着できないことを本人が認識することは大変なようだ。数年前から、薄れゆく自分の記憶を探していた。もしかしたら、今の私と同様なのかもしれない。探し物に費やす時間は、年齢とともに増えてきているのだから。

 自分の記憶が定着しないと自覚し始めても、その対応は難しい。思い出そうとして思い出せない自分や、モノが見当たらなくなったことを何とかツジツマを合わせるために、人の性にしたりという場面もあった。やがて、自分の記憶の能力が徐々に落ちて行っていることを認めることになるのだが、それまでも、そして認めるようになってからも定着しなかった記憶を探そうとし、それができない自分にいら立ったり、落ち込んでいた。

 今、A4サイズの見開きでA3に一か月のカレンダーのあるスケジュール手帳に、介護スケジュールを月末に書き込んでもらっている。幸い、文字の記憶は消えてはいない。漢字も出てくる。だが、書いたこと自体が定着しないのだから、自分一人では、スケジュール手帳も開かなくなる。

​ もう一つの問題は、歩行能力の低下である。帯状疱疹の痛みを抱えつつの生活なので、日がな一日椅子に座っていることが多く、足の衰えと、体重過多が重なっている。天気のいい日は、両手にトレッキング用のストックを持ち庭先を散歩してもらっている。猫がついて歩いたり、じっと見ておることもある。これは、てる小屋の住人の頁で見てほしい。

 この頁の表題「1/75s」は、「刹那」を意味している。人間の人生すべてを泡に例えたり、刹那ととらえたりする。てる子さんの失われた記憶も、たくさんの記憶を持った達者な人も私も「刹那」にいると考えれば時の流れの一時に交差するまったくの無作為の出会いとも思える。

 大島で生まれた私が、東京へ出たのは3歳の時でその後は、島にいるとしても多くは夏季限定であった。てる子さんの加齢とともに、冬季も長く島にとどまり、「1/75s」のことを考えている。

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