2020年の夢を食らう

​忘備録

2月29日から3月15日 個展

​痕跡・気配・記録9Impression

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5月19日2020展覧会の提案を2019年度事務局へ提案。事前打ち合わせの方法を検討。実施前提で展覧会の具体化を図る。内容について、芸術文化振興会から質問に答える形。

6月14日 過去参加したことのある日本在住作家より、今回企画に参加が難しいであろう、あるいはメール連絡が付きにくい方を除く方に参加依頼を発信。

9月8日大島へ行く。てる子さんの介護認定を上げる話がありる。

​7月9日海外在住作家向け。翻訳村上曜氏。

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11月20日 私にも直接的なコロナによる経済的な影響があった。お絵かき教室の講師のリストラである。月2回なのだが、欠席も多く、迷惑をかけていたので致し方ない。だが20年近く顔を出していたので思うことは多い。

「絵を教える」って何なのか?

美術の教育や、やっていることに迷いがないよりは、迷いつつ接していたことは、少しだけ害を与えないでいられたのなら、良しとするしかないが。

​11月4日 大島医療センター 母親通院 インフルエンザ注射を打つ。休み明けで混雑。2時間かかる。

11月8日 記録集個人のページ原稿提出

​刹那の記憶 とした  

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​9月25日 てる子さんデイサービスに出かけている間に、てる小屋でケアマネージャー・担当ヘルパー・デイサービスヘルパーで今後の介護3級になったてる子さんの、今後の介護の方針を話し合った。デイサービスに行けば活発に動く。在宅時のヘルパーさんとのやりとりとはだいぶ違うということが分かった。

11月21日 午前3時から 目が覚めて外へ出る。雲がなく星空。写真の撮りたくなって、星空の撮影の仕方をググル。専用の撮影カメラや地軸に合わせて動く機器があったり、デジタルの写真加工ソフトがあったり。銀板写真時代だってとれたはずなのだが、、と思いながら、一番安いカメラで手持ちで撮ってみた。

12月2日 電話が入る。歳時季のオーナーが亡くなったいたと。一か月前のことらしい。これで、一つの自分たちの歴史がというようなことを言って電話口で言っていたようだがよくわからないかった。知人の死を少し経ってから聞くことが多くなった。

私自身も数年前から葬式とかには行かないようになった。また家族葬など死はプライベートな出来事の範疇に入り、暫く時間が経ってから伝わるのだろう。マラドーナが死すら静かに迎えられないのは少し悲しい。銀座の櫟画廊の小林さんも2020の記憶になった。献杯、原口さんも、秋山祐徳太子さんも、ちょっとだけ 話した御仁との別れも2020だった。

​11月3日 調布から大島へ